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橅工房だより  (buna工房だより)

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カテゴリ:ひとりごと( 43 )

どう納得したらいいのか?

ある判決が出されました。
それは、福島で米の農家をしている鈴木博之さんという方が、
田んぼの土から放射性物質を取り除いてほしい、賠償金がほしいわけではない
という訴訟をおこしておられたそうです。

その判決が、地方裁判所でだされたというニュースをテレビで放映していました。
結果は、棄却。

その理由は、
放射性物質が放出されてから時間がたっており、
放射性物質は土と同化してしまっている。
放射性物質を、所有の面から行くと、土と同化している以上
もう東京電力の所有ではなく、農地の所有者の所有である。

よって土から放射性物質を除去する責任はない、ということだそうです。
やはり、自分のいらんものは、人の土地に捨てて土と同化する時間が経つのを待つのが良いようです。




by tatamiyamoto | 2019-10-18 11:35 | ひとりごと | Comments(1)

気候がおかしい

少し前に田植えをしたとき、ぐっと冷え込んで苗がすこし枯れてしまったのだが、
数日前からの猛暑はいったいどういうことだろう。
エンドウ豆が、なり始めてやっと食べられるようになったと思っていたら
三〇度を超す暑さで、異常な速度でなり始め、あっという間に終了となりそうなので
がっかりといったところだ。
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これは、ほんの一部分で、ざるに山盛りエンドウがとれ、ブロッコリーもアスパラのように
伸びて、イチゴもごろごろなりはじめた。

最近の気候は、変なのが当たり前になってしまい、普通がおかしい状態なってしまいました。
お天気予報のお姉さんたちは、普通の顔で熱中症に十分注意しましょうといっています。
しかし、このめちゃくちゃな気候がどうしてそうなっているのかは、ほとんど語られることはありません。

そろそろ地球の環境は、臨界を迎えてしまったのかもしれないなーと思います。
いままでは、人間の好き勝手なやりたい放題の積み重ねを、
自然はもともと持っている包容力でカバーしてきてくれていたのではないでしょうか。
でも、それもそろそろ限界が来てしまったのじゃないかなと思います。
成人病といっしょで、それまでの積み重ねが、あるとき一気に吹き出して
命まで脅かすことがあります。
それと同じように、異常気象連鎖反応も臨界に達し、あとは行き着くとこまでいくのではないだろうか
という不安がよぎります、、、。
今年の夏は、何度までいくのでしょう?



by tatamiyamoto | 2019-05-28 00:01 | ひとりごと | Comments(2)

マルクス アウレリウスの本

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Eテレで100分で名著という番組があります。時々テレビのチャンネルをいじると偶然やっているときがあるので
見ることがあります。なかなか面白い番組なので、引き込まれて見てしまうことがあります。
先日も偶然何気なく見ていたらなかなかよかったです。
今は写真の自省録というのを読み解いています。

いろいろなものの考え方が出てきたのですが、そのなかで
ひとつおもしろいなあと感じた考え方がありました。

ブドウの木は、実をつけてもその実がその後どうなるかについて何も語ることがない。
実をつけるということに一生懸命であるだけで、その後に見返りを何も求めるわけではない。
人もできればそうありたい、、、とまず考え、、、。

およそどんな美しいものもそれ自体で美しい。賞賛を自分の部分として持たず、それ自体で完結する。賞賛されるものがより悪く
あるいはよくなるというものではない。

賞賛されたからといって、価値がたかまるわけではない。
自分や自分の行為の価値は、評価とは無縁だ。
しかし、競争社会、弱肉強食の現代の時代では「ブドウの木」のようにいられる人はすくない。
でも、賞賛を自分の部分として持たない人は、自分の価値を自分で認めることができるので、
他者からの賞賛を必要とはしない。
賞賛は評価ですが、そのような人は評価と自分の価値は別物であることを知っており
評価されたことで自分の価値が高まるものではなく、反対に評価されないさらに、
批判されたからと言って自分の価値が低くなるものではないことを知っている。

以上のようなことを言っていました。
現代ではこのまるで反対の方向に(自分的には好きではない方向)
どんどんすすんでいっていると思います。
入社試験の時などに自己アピールを華やかにしたものをたたえるなどという、
ことで採用が左右されるとしたら、まことにくだらないことだと思います。
(私が面接官だったら自己アピールをべらべらしゃべるようなものは採用したくない、、、)

自分の内側を見つめ、ひとからの賞賛や批判に一喜一憂するなという教えは、
今はほとんど忘れられているような気がします。
自分でもできればそうありたいといつも思ってはいるですが
なかなかできるものではありません。

最近は本はあまり買いませんが、本やでめずらしく買ってきました。
2月分のオルテガ 大衆の逆襲 というのもとなりにおいてありましたので
一緒にそれも買ってきましたが、これまたおもしろいので
しばらくは楽しめそうでうれしいです。
1冊550円くらいでしたのでいい買い物でした。

by tatamiyamoto | 2019-04-12 21:38 | ひとりごと | Comments(2)

ネコ避妊

捨て猫をもらって育てていますが、その兄弟ネコは雄と雌です。
そろそろ妊娠してもおかしくない時期になってしまいましたので、
かわいそうですが避妊手術をしました。
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人間のかってで手術されて、もうしわけない気分になりました。
傷口をなめないようにラッパをつけられ元気もありません。
10日ごにはずしてもらえるのを待っています、、、、。

by tatamiyamoto | 2019-02-16 10:57 | ひとりごと | Comments(0)

新しい年になりました

あけましておめでとうございます。
新年が明けました。
今年は元号も変わるようです。
でも、それ以前からSNSの発達で時代が変わってしまいましたし、
それにつれて人間自体も変わってきている気がします。

世界中の様子も、戦後70年以上が過ぎて変わってきています
これからどんな時代になっていくのかなかなか想像できません。
ただ想像して言えることは、このまま前進前進、成長成長で進んで行けば
地球はもたないだろうなということです。
人間がもうすこし控えめになれるかどうか、未来があるかないかの分かれ目のような気がします。
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橅工房便りは、人気があるわけでもなく、
たくさんの人が見ているものではありませんので気が楽です。
ですから適当に備忘録替わりで、生活を記録していこうと思います。

by tatamiyamoto | 2019-01-02 11:02 | ひとりごと | Comments(2)

子どもの宇宙 2

子どもの宇宙のはじめにの最後の所もおもしろい。

大人になること
おとなになるということは、子どものもっていたすばらしい宇宙の存在をわすれることではないかと先に述べた。
しかし、大人は目先の現実、つまり、月給がどのくらいか、とか、どうしたら地位が上がるかに
心をうばわれるので、自分の中の宇宙のことなど忘れてしまうのである。
そして、その存在に気づくことには、あんがい恐怖や不安がつきまとったりするようである。

大人はそのような不安に襲われるのをさけるために、子どもの宇宙の存在を無視したり
それを破壊しようとするのかもしれない。
従って、その逆に子どもの宇宙の存在について、われわれが知ろうと努力するときには、
自分自身の宇宙の存在についてわすれていたことを思い出したり、新しい発見をしたりすることにもなる。
子どもの宇宙への探索は、おのずから自己の世界への探求につながっていくのである。

自分の子どもが小さいときには、忘れていたものを、子どもによって思い出させてもらっていたのですが
自分も年を取ってきて、そんなことをもう忘れてしまいそうなこの頃です、、、。
でも、忘れないでおきたいと思います。



by tatamiyamoto | 2018-12-15 22:29 | ひとりごと | Comments(0)

子供の宇宙 1

先日保育園で、クリスマス会のお楽しみの出し物をやる機会がありました。
小さい子供たちを見ていると、大人とは全く違う世界に生きている、
同じ人間でありながら、別の生きものというほど大人とは違う魅力を感じことがあります。
河合隼雄さんという、心理学者の書いた子供の宇宙という本があります。
この内容は実におもしろくて、そうだそうだと相づちをうちながら読んでいるのですが、
あまりおもしろいので、かみしめる意味で、そのままの言葉を写経「ではありませんが
写してみようと思います。

この宇宙の中に子どもたちがいる。
これは誰でも知っている。
しかし、ひとりひとりの子どもの中に宇宙があることを、誰もが知っているだろうか。
それは無限の広がりと深さをもって存在している。
大人たちは、子どもの小ささに惑わされて、ついその広大な宇宙の存在を忘れてしまう。

大人たちは小さい子どもを早く大きくしようと焦るあまり、子どもたちの中にある広大な宇宙を歪曲してしまったり、
回復困難なほどに破壊したりする。
このような恐ろしいことは、しばしば大人たちの自称
する「教育」や「指導」や「善意」という名の下になされるので、余計にたまらない感じを与える。

私はふと、大人になるということは、子どもたちのもつこのような素晴らしい宇宙の存在を、
少しずつ忘れ去っていく過程なのかとさえ思う。
それでは、あまりにもつまらないのではなかろうか。

子どもたちの澄んだ目は、この宇宙を見すえて、日々新たな発見をしている。
しかし、残念なことに、子どもたちはその宇宙の発見について、大人たちにはあまり話してくれない。
うっかりそのようなことをすると、無理解な大人たちが、自分たちの宇宙を破壊しにかかることを
彼らが何となく感じているからだろう。

それでも、子どもたちの宇宙からの発信に耳を傾けてくれる大人を見いだしたとき
子どもたちは生き生きとした言葉で、かれらの発見について語ってくれるのである。

これは、本の中のはじめに、で語られている一部だが、大変に的を得ている言葉として心にしみこんでくる。
大人は、自分たちのつまらない常識や、まわりへの体裁などにとらわれてしまって、
子どもの本質をちゃんと見る前に、その常識や体裁を、善意という鎧で武装して
子どもたちに押しつけていくことが実によくあるような気がしてならない。

教育やしつけ、そして世の中の常識という、どこから見ても文句をつけられない善意で、
せっかく伸びようとしている芽をつぎつぎ摘み取っていくことに、
善意の大人は気がついていないことがよくある気がする。

河合隼雄さんは、子どもの味方となって、子どもの心の中の宇宙についてわたしに教えてくれています。
なんだか、おなじ思いをもつ人がいたのだと思うだけで、うれしくなるのです。


by tatamiyamoto | 2018-12-14 21:42 | ひとりごと | Comments(0)

zozoーとばからしい

バカバカしいニュースを聞いてしまった。
人それぞれとらえ方はいろいろなので、かってなことを言うと怒られるかもしれないが、
自分には、ばかばかしさもここまで来てしまったか、そう思わせるニュースだった。

それは、zozoーっタウンのなんたら社長というお方が、moon旅行の1番のりをしようと
手をあげたというニュースだった。
地球の環境が、人間の生活の結果だんだんまずい方向へむかっていると感じている時に。
まだ食うにこまっておる人がいっぱいいるというのに、、。
金に任せて月旅行とは、zoーっとしてしまうような情けなさを覚えてしまう。

きっと、自分で稼いだ金はどう使おうがかってということなのだろうか。
でも、少し考えれば決して自分で稼いだのではないということが分かると思うのに、、。
作ってくれた人や、それに関わった人の積み重ねを、掃除機で吸い取るようなシステムを作って
そのシステムのなかでzuzuーっと吸い取った結果でしかないのに。
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そんなことはどこ吹く風か、誇らしげに話す姿は、バカバカしいとしか、ひねくれ者の私には見ることができない。

これが、夢にむかい、夢をかなえるということなのだろうか?
誇らしげに、「人がやらないことをやる、」それが生きがいというもんなのやろか、、?

しかし、自分にとっては、とても笑って「すばらしいですねー、夢が広がりますねー」
などという気持ちにはなれない。
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                         おまえさんは、どう思う、、?

by tatamiyamoto | 2018-09-20 23:10 | ひとりごと | Comments(2)

マニュアル時代

自分は、スマホなどというものは大嫌いだが、息子の進学にともなってやむなく、ドコモショップへ話を聞きに行った。
しかし、なぜスマホをきらいかというと、目の前でしゃべっている友だちが、頻繁にスマホに目をやったりいじったり、
はたまた人の家の中なのに、めずらしいものがあるとすぐさまパカパカ無神経に写真を撮ったり、
赤ちゃんをのせたベビーカーを押しながら子供の顔も見ずにスマホをいじっているなど
気分を逆なでするようなことばかりあるからだ。
それは、スマホという便利な機能がそうさせるのか、人間自体に原因があるのか?よく分からない。
いずれにしろ便利な道具だという事は分かっているが、何千円もはらってそれを使ったり、持って歩いてみようなんて思わない。
世の中の圧倒的多数の人がもっているのだから、きっと便利なものなのだろう。
でも、ちっともやってみようなんて自分は思わないので、きっとよほどの時代遅れなしょうもない人間なのだろう。


さて、ドコモショップに入っていくと、きれいに化粧をしたスチュワーデスさんのような制服をきた
お姉さん方が何人も働いていた。
自分は、スマホには興味も関心も薄い人間なので、よくわからないことばかりなので計2回説明を受けに行ったのだが、
4人の係員さんが説明をしてくれた。
面白いことに、待合椅子に腰掛けていると床に片膝をつけて低姿勢の構えで、係員さんが話しかけてくる。
下から見上げるような姿勢は、どの人も同じだから、そういうマニュアルがあるのだろう。
しかし、さっぱり知識の薄いおっさんが相手となると、体の姿勢が低姿勢なだけで、態度とか話し方はぜんぜん反対で、
立って見下されているような冷たーい感覚を受ける。
よく分からないことを聞く事には、自分は慣れているので、恥ずかしいことも何もないが
なんか話のテンポが早すぎて、落ち着かない。なんだか、わかってもらおうという気持ちがさっぱり伝わってこない。
それがつめたーいという印象を生み出している原因なんじゃないのだろうかと思った。
これは、説明してくれた4人とも同じ印象だったから不思議だ。マニュアル通りに淡々としゃべっているだけで
人間としゃべっている感じを受けない。そして、
自分は、しゃべるほどに疲れてくるのを感じたのだから、疲れさせて自分たちのペースにまきこもうというのももしかしたらマニュアルなのかとも思えてくる?
それにしても、最近は、なんでもかんでもマニュアルしゃべりが多くて、人間の会話が大人も、子供も、女も男も、場面に会わせてしゃべることが出来なくなってしまった時代を感じることが多くなってきた。

そのショップに行ったのは、そこに友だちのむすめさんが勤めていたからだったが、
小学生のころから知っているその娘さんに、「よう、久しぶりだねー」というように
気楽に話しかけられるような雰囲気は、残念ながらさらさらなかった。
毎日同じ説明をくり返していると、いやになってくるのだろうか、まあそれは分かるけれど、
あのかたまりついた雰囲気というのは、いったいなんやろか、、、、、?自分がやっぱり時代に取り残されてしまったのだろうか。


ところで、どの店員さんも、身ぎれいに、しかもきれいに化粧していたのですが、
どの人も自分には、さっぱりきれいには見えませんでした。
マニュアルだけが鼻について、スマホ同様いやな印象だけが心に残ってしまいました。



by tatamiyamoto | 2018-04-12 21:53 | ひとりごと | Comments(2)

人間の仕事

最近は、買い物をするのも無人のコンビニがあったり、自動運転の車が現実化しそうであったり
大変な時代になったと思います。
人間は何をしようとしているのか?もう疑問だらけであたまがこんがらがってきます。
便利さだけを追求したその先に、幸せが待っているのでしょうか。
人間は、手や足や指先や、心をしっかり使って生活できることが幸せであって
全部便利なものですませて、満足や幸せが手に入るとは思えません。
えらい時代になったものやと思います。
戦争兵器同士が戦う映画も、まさかと思っていましたが、現実になっていくだろうと思えてきます。
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近所の山に合体木みたいなものがありました。
完全には合体はしておらぬようです。
人間は自然の一部だということが、わすれられようといるのではないかと思います

by tatamiyamoto | 2018-02-01 09:46 | ひとりごと | Comments(0)